2015年御翼6月号その3

幸せの条件

                 

 クリスチャンの企業家、ハーマン・ケイン氏は、「幸せの条件は、『何かすることがあること、誰か愛する存在がいること、そして、望むべきものがあること』の三つだ」と言う。野心を追求することが幸せの条件ではない。クリスチャンならば、神と人を愛し、その愛を具体化したいという希望があり、それを実現するために、各自が何かをすることになる。だからこそ、キリストにある人生は幸福なのだ。
 「愛はこの世の病を癒す薬だ」と精神科医カール・メニンガーは言う。この世の殆どの問題は、愛を与えたり、受け取ることができないことに起因する。自分が人に愛を与えているかどうかは、何を規準にして分かるだろうか。ラーソン牧師は、「私たちが周りの人々に、自尊心を感じさせられる」ならば、愛を与えているのだと言う。人は愛されているならば、「自分は価値のある存在だ」と感じる。相手に、「自分は大切な存在だ」と感じさせることができるならば、その人を愛していることになる。私たちはまず神に愛されていると知る必要がある。愛されている者は、自分に価値を見出すことができるのだ。
 敵を愛することなど不可能だと言うかもしれない。しかし、好きという感情がなくても、愛することはできる。なぜならば、愛とは、相手の気持ちになって行動してあげることだからである。
 愛と正義を求めて、関心のあることに従事して行こう。それは魂の救いにつながっていく。
 『魂の神学』のpp・38-39「日米開戦記念日」(12/8)で、父はこう記している。「最近、小倉君に、海軍は悲しいな、と話してみた。彼は『むつ』(原子力船)も悲しいよ、と言葉を返してきた。彼自身が、『むつ』の原子炉を設計したからである。
 神のない世界は、むなしさと、悲しさと、暗さとに満ちている。…(キリストの)「光」の中に生きるとき、その人は、違った立場の人を殺そうとはしない。戦争をしようとは思わないのである。別々な行動をとりながらも、共存しようとする。そして、真実を尊ぶゆえに、相手が悔い改めた時には、いつでも許そうとしている(ルカ16章)」と。

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